帽子
ボクの黄色い帽子。
ボクの黄色い帽子は、ボクの頭より大きくて、ボクが被ると顔の半分が隠れる。
鼻から上まで、黄色い帽子で隠れる。
「それじゃあ、帽子がお顔みたいね」
お母さんが、笑いながら言った。
黄色い帽子に、鼻から上を隠されたボクは、前が見えない。
よたよたと、視界を塞がれたまま歩いて、タンスの角に足をぶつけた。
痛い。
お母さんにぶたれた時よりも痛い。
ボクの黄色い帽子は、ボクが自分の中で泣いて、涙で汚しているのに、何も言わない。
当然だ。
だって、帽子なのだから。
でも、ボクには帽子がボクを馬鹿にしているような気がした。
ふん、と鼻で笑われた気がした。
むかつくので、鍔をつねってやった。
痛い、と言ったような気がした。
でも、気のせいだろう。
だって、帽子は帽子だから、痛覚なんて存在しないからだ。
「あら、どうしたの? 足をぶつけたの?」
タンスの側で一人ぶつぶつとやっていると、お母さんが心配そうに声をかけてきた。
ボクの視界は帽子で塞がれたままなので、顔は見えなかったが。
「まあ、そんなに痛かったのね。帽子に涙がついてるわ」
言いながら、お母さんがボクの顔を覆った帽子を撫ぜた。
ボクの頭を撫ぜた。
お母さん、ボクの目はそこじゃないよ。
「え? あら、そうね。ここじゃあ、おでこになるわね」
それじゃあ、どうしてこんなところが濡れているのかしら?
不思議そうにお母さんが言って、今度こそボクの目から滲んだ涙の跡を撫ぜた。
きっとそこは、帽子の目なんだよ。
言いかけて、やめた。
だって、帽子に目なんてあるわけない。
何となく落ち着かなくて、帽子の鍔を触る。
顔の上で、帽子がくつくつと笑った気がした。
(2006.5.27 桜葉吉野)
初出:小説&まんが投稿屋投稿