ザク、ザクと土を掘り起こすような音が聞こえて、男は足を止めた。
薄暗い公園の、仄かに光る外灯の下に、一人の女がいるのが見えた。
大きな桜の木の下で、一人、土を掘り返している。
捜しモノはナンですか?
「お嬢さん、お嬢さん」
訝しみながら近付いて見やれば、女はまだ若く、10代後半といった風貌をしている。
白のロングスカートに飾り気のない真っ赤な上着が、長い髪を垂らしただけの女の魅力を引き出している。
「はい? 一体わたしになんの御用でしょうか?」
謳うように、女は美しい声で答えた。
「こんな時間にこんな場所で、お嬢さんのような娘さんが一人で、何をしているのですか?」
「・・・・・・ああ、わたしですか?」
女は、困ったような嬉しいような、微妙な笑みを浮かべて、
「死体を捜しているのですよ」
そう言った。
「・・・・・・はい?」
「死体ですよ。死んだ人間の体です」
ザク、ザクと土をスコップで掘り起こしながら、女は続ける。
「ほら、よく言うじゃありませんか。“桜の木の下には死体が埋まっている”と」
桜がこんなにも美しい花を咲かせるのは、その血を啜っているからだと。
「お嬢さん、もしかして飲酒されているのですか? それとも、わたしをからかっているのですかな?」
男が苦笑いで言うと、女は驚いたように目を見開き、大きく頭を振った。
「からかうだなんてとんでもない!! わたしは真剣に、死体を捜しているのです」
「それなら尚のこと性質が悪い!! そんなものが何所かしらと埋まっているわけがないでしょう!!」
大体あれは、小説かなにかのお話ではありませんか。
作り話ですよ。
男が言うと、女は困ったような悲しそうな表情になって、
「いいえ、間違いなく埋まっているはずなのです。だって・・・・・・」
ポツリと言った。
女は、それきり黙ると、ただ黙々と土を掘り起こし続けた。
ザク、ザク。
ザク、ザク。
深夜の公園に、女の土を掘り起こす音だけが響く。
「・・・・・・お嬢さん、もういい加減に帰りなさい。途中まで送りましょう。こんな場所に、貴女のような若い女性を一人で残して行くわけにはいきません」
男は言ったが、女は、まるで男の存在など忘れてしまったかのように、一心に土を掘り起こし続ける。
ザク、ザク。
ザク、ザク。
それから数分経過した。
女は、まだ土を掘り起こし続けている。
桜の木の下に開いた穴も、結構な深さとなっていた。
「お嬢さん、もう気が・・・・・・」
男がそう声をかけようとした時。
ガッと、女が動かしていたスコップが何かにあたって音を立てた。
「・・・・・・ああ!!」
「・・・・・・・?」
女は、意気込んで、掘り当てたモノを確認すべく、今度は自らの手で慎重に土を掘り起こした。
女の白くて手入れの行き届いた指が、少しずつ泥まみれになってく。
そして。
「やっと見つけた・・・・・・!!」
女は、ソレを捜し出した。
「・・・・・・逢いたかったわ」
言いながら、ソレを抱きしめる。
ボロボロ、ポソポソと、女の腕の力によってソレは崩れていく。
「・・・・・・ひっ!!」
ボロボロ、ポソポソと、女の瞳から涙が零れた。
窪んだ両の瞳の穴から、ボロボロ、ポソポソと、泥が落ちた。
長い髪の毛の絡みついた骸骨を抱きしめながら、女は歓喜の涙を流し続ける。
捜していたのよ。
逢いたかったわ。
愛しい、わたし・・・・・・。
白いロングスカートと、自らの血で真っ赤に染まった上着を着た女の体は、彼女の言ったとおり、確かにそこに在た。
(2006.6.5 桜葉吉野)
初出:超短編小説会ショートショート投稿