「ちゃんと塗っておかないと、後で困るのはキミ自身だからね」
眉間に皺を寄せつつ、クリームを腕に擦り付けている私に、彼が言った。
暑くて熱い、夏
この炎天下で、白の長袖パーカーを着込んでいる彼の気が知れなかった。
本人は、汗一つかいてはいなかったが。
「……お前は、蜥蜴の親戚か何かか?」
「はぁ? いきなり何言ってんの?」
驚愕してそう問えば、明らかに馬鹿にした表情で返された。
私の記憶が正しければ、爬虫類は汗をかかなかったはずだ。
「馬鹿なこと言ってないで、とっととソレ塗っちゃいなよ」
それに、哺乳類以外の生き物は、どれも汗なんてかかないよ。
サラッと言った。
馬鹿なこと。
自分の異常さを棚に上げて、サラッと私の知識不足を指摘して、文字通り涼しい表情で、彼は私の止まった手を見つめた。
真夏の海水浴場で、しかも天気は快晴。
燦々とならまだしも、ジリジリとまるで網の上の秋刀魚を美味しそうに照りつける火力のように輝く太陽の下で、長袖姿のくせに汗もかいていない。
何て羨ましい。
もとい、何と小憎たらしい。
「どうでも良いけど、何でそんな完全防御姿なの?」
お前は年頃のお嬢さんか。
恨めしげな視線を送りつつ、日焼け止めクリームを腕に塗りたくる作業を再開する。
「……別に。ただ、日焼けするのが嫌なだけ」
「じゃあ、どうして海になんて来たわけ?」
冷房の効いた部屋の中で、カブト虫の観察でもしていれば良いのに。
「……って」
ボソリと、隣で彼が何ごとか呟いた。
「え、何? 聞こえない」
急かして言うと、彼は一瞬言い淀み、それから、
「香織が、どうしても海に行きたいって言うから……」
恥ずかしそうに下を向いて、小さく呟いた。
俯いたその顔は、仄かに赤い。
「……そ、そう」
可愛らしい顔でそんなことを言われたら、こっちまで赤くなってしまう。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が恥ずかしくて、私は只管に日焼け止めを塗り続けた。
「輝一く〜ん!! 早くおいでよ〜」
砂浜から、彼を呼ぶ香織の声が聞こえる。
黄色の、フリルで飾られた水着を着た彼女は、最高に可愛い。
「今、行くよ!!」
白いパーカーを着込んだまま、輝一は裸足で駆けて行った。
暑いのは、きっと太陽のせいだけではない。
香織に手を引かれ、海へと歩いていく彼を見て思った。
「この、バカップルめ……!!」
塗りすぎた日焼け止めで、腕は真っ白だった。
(2006.7.24 桜葉吉野)