01.強欲 ごうよく


 例えば、甘いものを食べていると、辛いものが食べたくなる。

 平和な幸せには刺激が足りず、悲劇的な別れには愛を求める。


 無い物ねだり、どうしようもない僕ら。






02.玉砕 ぎょくさい


 どうせ散るなら、潔く、完璧に。

 そうして当たり、見事に砕けた。

「・・・・・・ごめんな」

 悲しそうに、哀れそうに微笑んだ彼の顔が、焼きついて離れない。

 学生時代からの付き合いで、実に9年越しの片思い。

 幸か不幸か、就職を決めた会社まで同じ。

「こんなことで、お前との友情が変わったりはしないから」

 だから、安心しろよ?

 慰めるように言った彼は、来月結婚するという。

 そんな素振り、少しも見せなかったくせに。

 “こんなこと”って、どんなこと?

 あなたにとっては、アレはやっぱり忌わしい、迷惑な行為だったのかしら?

 どうせ散るなら、潔く、完璧に。

 握り締めた辞表を、無かったことにする気はない。




 砕けたならば、拾えば良い。

 砕けたならば、繋げば良い。

 砕けたパーツをくっつけて、私はゼロからやり直す。






03.悔恨の望郷 かいこんのぼうきょう


 神様。

 頭を抱え、そう呟いた自分に我ながら驚く。

 神の存在を否定し、こんな僻地まで逃げてきたはずなのに。

 今正に、その、自らが否定した神に縋ろうとしている。

 毎朝、毎晩。

 続く神への賛歌に嫌気が差し、我を縛り付ける神に嫌気が差し、ここまで逃げてきたはずなのに。

 泥と埃と、汗と雨と。

 旅で汚れた法衣は、最早聖なる衣装とは言い難く、宛らボロ布で。

 それを纏う自分自身、あの頃とは随分変わってしまった。

 国を捨てれば全てが上手く行くと思い、この身一つで逃げ出した。

 圧し掛かる重圧も、使命も総てを放棄して、只、自由を求めた。

 しかし、現実はそう甘くはなかった。

 口五月蝿く言いつけられていたことは真実で、正しいと信じていたモノは偽だった。

 ああ、出来ることなら祖国に帰りたい。

 あの清浄な空気と、美しい神殿に囲まれた場所へ、帰りたい。

 ――― いまの自分には、決して叶うことのない願いだろうが。

 つう、と一滴、涙が頬を流れた。




「随分と衰弱されていた様子ですね。今日まで生きれただけでも、幸運でしょう」

「どこか、良いとこの坊ちゃんだったんだろうよ。

力もないし、野良仕事も出来ない。雨水を飲ませりゃすぐに腹を下すし、食べられない物も多い・・・・・・」

「最初から、この国で生きていくのは不可能だったのでしょう」

 女と医者が、色を失った男の顔を見ながら言った。






04.殺人斬 さつじんき


 息を殺して、相手の気配を肌で読み取る。

 決して悟られぬように、すっと身を屈め、柄にかけた手に力を込める。

 一瞬の好期を逃さず捕らえ、一太刀で仕留める。

 日頃より鍛え続けた腕と、磨き続けた刃によって、肉を裂き紅い華を散らす。

 断末魔の悲鳴を聞きながら、鉄の臭いを胸いっぱいに吸い込む。




 こんな緊張感は、滅多に味わえない。

 こんな高揚感は、滅多に感じられない。

 これだから、人斬りは止められない。






05.悼悔 ついかい


 貴方に宛てた、手紙がある。

 渡そうと思って、でも、ずっと勇気がでなかった。

 そうして、時間が経ってしまった。

 いつか渡そうと思っていた。

 決して、ハッピーエンドでなかったとしても。

 貴方に渡せるだけで、満足だった。

 でも、もうそんなことも叶わない。



 貴方は、手の届かない場所へ行ってしまった。

 どうして、あの頃、勇気が出せなかったんだろう。






06.母 ははおや


 今日も、ママの機嫌は悪いみたい。

 髪を引っ張られて、頭をぶたれた。

 綺麗なお顔を歪めて、ママはボクを罵った。

 でも、ボクは平気だ。

 全然、そんなの悲しくないし、痛くもない。

 ボクをぶつことで、ママの機嫌が治るなら、もっとぶてば良い。

 ボクを罵ることで、ママの顔に笑顔が戻るなら、もっと罵れば良い。



 ボクはママが大好きだから。

 ママが楽しい気分になれるなら、ボクなんてどうなっても良いんだ。






07.蝶 ちょう


 華麗に空を舞う、あの翼を捉まえて。

 その美しい翼を引き千切ってしまえ。

 一羽一羽、ゆっくりと丁寧に。

 そうして、無残に残された躯体へと手を伸ばそう。



 美しい翼を失った、醜い正体に、冷酷な微笑を送ろう。

 やがて訪れるであろう、無への回帰に祝福を。

 






08.軌跡 きせき



 ふと振り返り、今まで自分の歩いて来た道のりを見る。

 長い長い、一本の道があった。

 それから、その道の上に多くのモノが落ちていた。



 今まで犠牲にしてきたモノが、そこには在った。

 切り捨てた夢が、そこには落ちていた。






09.自由の国 じゆうのくに


 ようこそ、ここは自由の国です。

 貴方は、ここで何をしても構いません。

 貴方は、ここで何もしなくても構いません。

 今までのように、窮屈な、時間に縛られた生活をする必要はありません。

 今までのように、億劫な、煩わしい人間関係をする必要はありません。



 この世界は、自由の国なのですから。




 


10.物語 ものがたり


 わたくしは、お姫様。

 大人しく、王子様が来るのを待つことが務め。

 現れた王子様と結ばれ、いつまでも幸せに暮らすことが務め。

 そう、定められている。


 ある日、ついに王子様が、わたくしの前に現れた。

「姫、お助けに参りました」

 腰には剣を吊るし、白いタイツを履いている。

 金髪碧眼で、とっても爽やか。

 笑った時、輝く白い歯が眩しい。

『まあ、ありがとうございます王子様。わたくしは、ずっと貴方様が助けに来て下さるのを待っていました』

 そう言い、王子様に微笑みかけるのが、わたくしの務め。

 王子様は、わたくしを見て微笑んでくれた。

 これが、定め。

 笑顔のままで王子様を見ていると、ふと、彼の後ろに立った黒ずくめの男が目に入る。

 王子様とは違い、仏頂面でこちらを見ていた。

 王子様とは違い、全然爽やかじゃない。

 笑わないから、歯が白いかどうかは分からないけれど。

 上から下まで黒い服を着ていて、おまけに髪も黒い。

 はっきり言って、怪しい。

 わたくしがずっと、その男を見つめてると、王子様が、

「彼は、私の友人の騎士です。姫を救出するのに、助力してくれたのです」

 そう説明してくれた。

 相変わらずの仏頂面で膝を折り、深く頭を垂れた。

 そう言われて見れば、彼も剣を手にしている。

 そっと近付き、膝を折った彼の前まで進み出る。

 わたくしの気配に気が付いたらしい騎士が、わずかに顔を上げた。

『まあ、そうでしたの・・・・・・。ありがとうございます、騎士様』

 微笑んで言った。

 しかし、騎士は別段感動した素振りも、謙遜した素振りも見せずに、

「・・・・・・いいえ、礼には及びません。私はただ、王子の力になりたかっただけですので」

 どうでも良さそうに、そう呟いた。

 それはつまり、わたくしなどどうなろうと構わなかったということかしら。

 わたくしのことなど関係なく、ただ、王子様が助力を求めてきたので手を貸した。

 そういうことかしら。

 そんな登場人物は、わたくし聞いたことがありませんわ。



 仏頂面で、何の表情も浮かべることのない彼に、とても惹かれた。

 だって彼は、自分の役割を持っていない、定められていない登場人物なのだ。

 それはつまり、脇役ということなのだが。



 でも。



「姫、それでは早速ここを脱出しましょう」

 そう言って、凛々しく手を差し出す王子様を見る。

『ええ、ありがとうございます王子様』

 そう言って、わたくしは王子様の手を取る。



 

 わたくしは、お姫様。

 現れた王子様と結ばれ、いつまでも幸せに暮らさなければならない。



「では急ぎましょう。まだ、敵の手の者が残っているやも知れません」

 颯爽と言い、騎士へと目配せをする。

「万が一敵が現れても、姫は必ずわたしがお守りしますのでご安心下さい」

 そう言って、爽やかに笑った。

『ええ、ありがとうございます王子様』

 わたくしも、それに答えて微笑んだ。


 そう、定められていたから。



 そうして、王子様とわたくしは、いつまでも幸せに暮す。

 


【(01-10) 2006.9.9】 桜葉吉野

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